超音波工学入門

1.超音波とは

 音波とは、「音を出す物が振動することにより、その周囲に伝わる波動」のことを言います。個人差や、その日の体調などにより異なりますが、人間の耳に聞こえる周波数は、おおよそ30Hz〜20kHz程度と言われており、これを可聴周波といます。これより高い周波数の音波、つまり「人間の聴覚器官では捉えられない周波数の高い音波」のことを超音波といいます。逆に、可聴周波より低い周波数の音波つまり「人間の聴覚器官では捉えられない周波数の低い音波」のことを低周波といいます。以上が狭義での超音波の定義です。しかし、広義の意味では、「人間の耳で直接聞くことを目的としない音波」のことを超音波と言います。つまり、20kHz以下の音波でも、それが直接聞く事を目的としないものならば、それも超音波ということになります。

図1 音響周波数とその関係

 この超音波を工業的に利用しようという発端は、1912年の英国の豪華客船タイタニック号が処女航海で氷山と衝突してからだと言われています。一方、実用化されたのは、後に真空管が発明されてからのことで、第一次世界大戦でドイツの潜水艦に苦しめられていた連合国側のフランスで1919年にランジュバンが超音波振動子を開発し、それを使ったソナーや測深機が実用化されました。

 ここでは、こうした超音波の性質について、また、私たちの生活の周りで使われている超音波技術を中心に解説します。

2.性質

 超音波は、音波の一種ですから、音波の性質をそのまま持っています。そこで、音波の性質をここで復習しておきましょう。

@伝搬には振動が伝わる物質が必要

 音波は、言い替えれば、物体の振動の伝搬です。したがって、振動する物体が何もなければ音波は伝搬しません。真空中がその良い例です。耳で音が聞こえるということは、空気が振動しているためです。

A物質と波の形

 物質には気体・液体・固体があり、その状態によって、存在する音波が異なります。気体・液体では縦波(伝搬方向と振動方向が同一)のみですが、固体では縦波と横波(伝搬方向と振動方向が直角)さらにはねじり波や表面波なども存在します。

図2 縦波と横波

B物質と伝搬速度

 音波は電波や光にくらべてその伝搬速度は著しく遅く、さらに、その物質の状態や湿度、圧力などによっても変化します(音は物質がなければ伝搬しないから、その物質の性質によって伝搬速度も変化する)。例えば、空気中の音の伝搬速度は約340m/s、水では約1530m/s、鉄では約5000m/sです。一方、光や電波は30万km/sです(3×10e8m/s)。また、気体中では減衰しやすく、液体や固体では効率よく伝搬します。

図3 物質と伝搬速度

C反射・回折

 音波は光などど同じように、反射や回折もします。山びこなどは反射の良い例です。物質の密度ρ×音速vの値を固有音響インピーダンスといい、その値が大きく違う物質では、音は伝搬せずに反射します。伝わってもその周波数は変化しません(v=λf(λ:波長,f:周波数)で、fは一定)。また、伝搬速度は音の周波数には無関係です。例えばプールなどで空気中で放射された音を水中で聴こうとしても、空気と水の固有インピーダンスが著しく異なるため、その多くは水中には入らず水面で反射されてしまいます。聞こえたとしても、その大きさは非常に小さいものとなります。水中で聞こえる音の周波数は空気中と変わりませんから、水中での音の高さは空気中と同じです。

図4 音波の反射

図5 音波の屈折

D周波数とエネルギー・指向性

 一般に低い周波数ほどエネルギーが大きくなります。ですから、動力的に使う超音波は一般に低い周波数を用います。さらに、人間の耳には聞こえない約30Hz以下の音を低周波音といいます。高速道路の近くに住んでいると、“頭が痛くなる”とか“気分がすぐれない”などの症状が現れる場合があります。これは、車が通過することにより、高速道路等が振動を起こし、低周波音が発生するためです。周波数が低いほどほどエネルギーが大きいので、人間に悪い作用を及ぼす場合があります。

 音は拡散しますし、減衰もします。これらは周波数と関係があり、たとえば周波数が高いと減衰も激しくなりますが、指向性が良くなり、分解能も良くなります。

 また、指向性は音源の振動面の面積と波長との関係で決定されます。波長に対して振動面の面積が大きいほど、また、波長が短いほど鋭い指向性が得られます。

3.超音波の発生方法

 超音波を発生する方法ですが、@犬笛や圧搾空気による噴気発音器,A圧電効果,A磁気歪効果などが主に用いられています。圧電効果とは、ある特殊なセラミクスに電圧を印加すると歪みを生じる現象で、交流電圧を印加すれば、その周波数でセラミクスが歪み、超音波振動が励起されます。磁気歪み効果とは、ある特殊なセラミクスに磁界を印加すると歪みを生じる現象で、交流磁界を印加すれば、その周波数でセラミクスが歪み、超音波振動が励起されることになります。

図6 圧電効果

 

4.応用

 超音波の応用を表1にまとめてみました。大きく分類すると、

A.情報信号を優先する情報的な応用

B.パワー・エネルギーを優先する動力的な応用

C.電子回路素子

などに分けることができます。ここでは、それぞれについて解説します。

表1 超音波応用の分類

情報的な応用

(情報信号を優先するもの)

・水中通信装置(ソナー)

・魚群探知機(測深機)

・距離計

・非破壊検査装置(超音波探傷機)

・超音波診断装置(AEも含む)

・超音波厚み計

・流量計

・超音波リモコン

動力的な応用

(パワー・エネルギーを優先するもの)

・超音波洗浄器

・超音波加湿器

・超音波モータ

・超音波溶接機

・超音波治療器(ME)

電子回路素子

・水晶振動子

・遅延素子

・フィルタ

その他 ・害虫退治装置

4−1.情報的応用

@.距離の測定

 超音波はその伝搬速度が「ノロマ」ゆえに距離を測定するのに便利です。具体的には、超音波を発射し、反射波が帰ってくるまでの時間を測定することにより距離を計測する事が出来ます。応用としては、超音波厚み計(鉄板などの厚みを測定する)、積雪計、車のクリアランスソナー、道路の車両感知器、海底の深さを測る測深器、魚群探知器、ソナーなどがあります。

図7 超音波による距離の測定

A超音波探傷

 固体などの内部の欠陥などを探す方法です。固体内部に超音波を発射し、内部に欠陥などがあると、超音波が反射します。この反射波のありなしや時間などで、キズのありなしや、キズの位置を測定します。大型発電機のシャフト、大型船の船体の溶接部分、原子炉などで使用されています。

図8 超音波探傷

BAE(アコースティックエミッション

 固体が変形したり、破壊したりするときに超音波が発生します。このことをアコースティックエミッションといい、これを測定することにより、どこが変形しつつあるのか?どんな風に変形しつつあるのか?を知る方法です。例えば、鉄板が割れたり曲がったりするときには10kHz〜1MHz程度の超音波が発生します。AEの数の総計や頻度等により、「キズの状態」や「割れる寸前か?」,「まだ割れないか?」などを判断します。材質(ガラスやプラスチック)が違うとAEの周波数も異なります。石油タンク、パイプライン、原子炉などで使用されています。

図9 AE測定

C.超音波診断装置

 反射波の様子によって対象物がどうなっているかを測定します。医療測定装置のエコー診断装置」などがそれです。超音波による検査は害がないことから、腹部や心臓の診断,産科,小児科でも広く使われています。

図10 エコー診断装置

4−2.強力超音波

 超音波は小さい振動変位で高い音圧と強いパワー密度をもっているので、エネルギーとしても利用できます。その例を紹介します。

@洗浄器

 超音波によるキャビテーション効果・振動加速度の効果・直進流の効果などにより、物の表面の汚れを取る装置です。加工した部品の洗浄や、メガネ屋さんでメガネの洗浄によく使われています。超音波洗濯機などもありますね。

図11 超音波洗浄器

A溶着・溶接

 超音波振動による接合面の摩擦や材料自体が受ける圧縮の繰り返しにより、その内部が発熱して温度上昇し、さらに超音波の衝撃力により材料が軟化、溶融して溶着されます。接着剤等が不要であり、また、短時間で溶着・溶接されます。プラスチック同志の溶着や、ICのリード線のボンディングなどに用いられています。

図12 超音波溶着装置

A加工機

 超音波振動させた工具ホーンと加工物の間に、てい粒を適当な加工液に混濁させた混合液を介在させ、さらに工具を適当な圧力で加工物に押しつけて超音波による衝撃的な破壊力を利用し、徐々に工具ホーンをその形そのまま加工物にめりこませていく加工法です。セラミクスを加工する際によく用いられます。

B超音波カッター

 刃物に超音波振動を与えると、刃物と切断物との摩擦力が少なくなり、極端に切れ味が向上します。パンの切断などに使用されています。また、超音波メスなどもあります。

C超音波モータ

 ステータと呼ばれる振動体に進行波振動を励振すると、ロータと接触しているステータのある点の振動軌跡は楕円を描きます。この楕円振動のある成分のみを利用して摩擦力を介してステータを移動させるものを超音波モータといいます。低速・高トルクで動作するため、ギア等による減速機が不要になります。また、非常に静かに動作します。カメラのオートフォーカス機構などで使用されています。

図13 超音波モータの原理

D液体の霧化

 非常に高い周波数の超音波を霧化させたい液体内に放射すると、液面から霧化粒子が発生します。液体を加熱する必要がなく、また、霧化粒子は非常に細かいなどの特徴があります。加湿器,サイドミラー雨滴除去装置などに使用されています。

図14 超音波加湿器

E超音波温泉

 浴槽内に圧搾空気を多数の小孔を通して噴出すると、細かい気泡群が発生します。この気泡郡がつぶれる際に、超音波を発生します。骨はこの超音波をよく吸収するため、「骨から暖まる。」ことになります。

図15 超音波温泉

F酒のうまみ出し

 お酒に超音波振動を加えるとアルコール分子が分裂分散され、その味がうまくなるそうです。

4−3.電子部品

 超音波振動は、電子部品でも幅広く使われています。

@水晶振動子

 水晶(クオーツ)振動子はその大きさによりある一定の周波数で振動します。この周波数は温度などの影響をほとんど受けないため、時計などのクロック周波数に使われています。

A超音波遅延素子

 圧電素子により電気信号を超音波信号に変換し、ガラスなどの媒体内で伝搬時間を経た後、再び圧電素子により電気信号に変換して取り出します。VTRなどで用いられています。テープにテレビ走査線1本分のドロップアウトが生じた場合、前の信号に置き換えて画質の劣化を防ぎます。

図16 超音波遅延素子

Bセラミックフィルタ

 ある周波数帯だけを取り出したい時に用います。固体のバルク波や表面弾性波を用います。テレビやラジオなどで使われています。

4−4.その他

@害虫,ねずみ,ゴクブリ退治器

 その動物のいやがる音波を放射し、動物を近よらさせない装置です。最近、佐渡汽船のジェットフォイルでは、クジラとの衝突を防ぐため、海中にクジラのいやがる音を放射しています。

5.まとめ

 以上、超音波の性質と応用について述べました。以外と身近なところで使われいることに気が付かれたことと思います。

 超音波の応用は珍しくも日本が世界のトップレベルにある分野です。今後もその応用に期待しましょう。

参考文献

1)伊藤:超音波のはなし,日刊工業新聞 社,1992.

2)竹ヶ原:特集「超音波の応用と製作」, エレクトロニクスライフ,Oct,1991.

3)超音波TECHNO編集委員会:超音波TECHNO, 日本工業出版株式会社.


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